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ジャパニーズ・オン・ザ・ムーヴ: 移動する日本人

「Japanese on the Move」イングリッド・ピラー教授 (マックォーリー大学) と高橋君江博士 (タイアサンプション大学) が手掛けた研究プロジェクトです。

 

Participants, Japanese on the Move by Ingrid Piller and Kimie Takahashi

人間が国境を越えて移り住むということ、 二つの(あるいは多数の)国に属することや、自分にとって『ホーム』とはどういう意味があるのか?等のことについて多くの方々の個人的な体験談や意見をビデオに集めてまとめたものです。

 

今の私たちにとって実に的を射たプロジェクトだと思います。私たちはまるで分刻みで縮小しているかのように感じる世の中に生きています。人々は国から国へ、文化から文化へと移っていきます。国家主義の超越やグローバリゼーションといったコンセプトが頭に浮かんできますが、これらの言葉は単なるコンセプトではありません。生まれた国とは別の場所で生きる私たちにとっては現実です。一時的に住むのか、永住するのかは既に問題ではなくなっている時代です。好む、好まざるに関わらず、私たちは動き続けているのです。

 

光栄にも、他の49人の参加者の方々と同様に、高橋君江、イングリッド・ピラー両氏にインタビューしていただくことになり、シドニーの国際交流基金で開催されたプロジェクトの完成祝賀会で、私見を述べさせていただく機会にも恵まれました。以下は私が祝賀会でお話しした内容です。

 

***

 

私は東京で育ち、在日アメリカンスクールに通いました。

 

アメリカ人は、よいスピーチとは最初に著名人の言葉を引用するか、あるいは答えを必要としない問いかけから始めるものだ、と教えてくれました。私が1981年にオーストラリアに来たとき、この国では、よいスピーチは冗談を言うことから始めるのだ、ということをすぐに覚えました。ところが、私が生まれた日本では、スピーチはまずたいそうなお詫びから始まるのです。「このようなスピーチに貴重なお時間を頂戴し、大変申し訳ございません…」というように。

 

でも、 ここにいる私たちが住んでいるシドニーでは最近、 『今日ここに私達が集まっている土地の管理者であるエオラ国ガジガルの人々の過去と現在の長老たちに敬意を表します。 』と言う言葉を述べてからスピーチを始める習慣が広まっています。[i]

 

これが2012年のシドニーの姿です。

 

「Japanese on the Move」について、高橋君江さんから最初に問い合わせがあったとき、高橋さんもイングリッドさんも言語学者なので、 「言語学の研究と多国間の移住問題とは、どういう関係があるんだろう?」と不思議に思いました。インタビューを受けた50人のうち、私の取材は最初の方だったのだと思います。それで、「どうしてオーストラリアに来たのですか?」とか、「あなたにとってホームとはどこですか?」といった一見すると簡単な質問に対して、どのように答えてよいものか、よく分かりませんでした。簡単に聞こえますが、実は、私のような者にとっては、これらの質問の中には私たちが自らのアイデンティティやコミュニティ(沢山あるうちのどのコミュニティ?)、あるいはそれよりもっと大きな世界の中の、また自己の中にある自らの声を見つけるための日々の葛藤や努力がたくさん含まれている質問ばかりだからです。私たちは自分のパートナーや子供たち、親兄弟、旧友たちとの毎日の生活の中で、まさしくそれらの質問に向き合っています。私たちが愛する人々は必ずしも自分と同じ境界線の中に暮らしていません。その境界線とは国や文化の境であったり、 ときには想像上のものであったりもします。

 

それは日々、属する意識を見つけることであり、また、それを手放すことでもあります。

 

今こうして、プロジェクトの完成に当たり、私は50人すべてのビデオストーリーを見せていただきました。それぞれは全く違いますが、それでいて、移り住む人間、という共有の体験を通して、すべてが深く共鳴しています。

 

そして、ようやく私はこのプロジェクトがどうして言語学者の領域に属するのかを理解できました。言語学が人間の言語の研究であり、言語とはコミュニケーションのための複雑なシステムであるならば、そしてコミュニケーションの語源が『シェアすること』だとすれば、「シェアすること」を私たちはしたのだと思います。[ii]

 

私たちは個々の体験談をシェアしただけではなく、その過程において、共通の声を見いだせたようです。国境を越えて移り住み、生きている間ずっと、異なる文化や場所の間を動き続けている者すべてに共通する声です。そして、私たちはこの限りなく変化し続ける世の中で、自分たちがどうあるのか、どう変わっていくのか、を常に試行しながら探り続けているのです。

 

このプロジェクトに参加され、ご自身の体験談をシェアしてくださったすべての方々に感謝いたします。ご自身の記録をネット上の記憶に残すということは勇気がいることです。まして、日本、オーストラリア、母国、市民権、文化の違いなどに対する自分自身の考えは常時変化するものです。私たちの考え方は変ります。進化するべきものなのですから。

 

不思議なことに、私は今ここにいらっしゃるすべての方々に属する意識を感じています。皆様も私のように、属したり、属さなかったりという空間を旅しているのでしょう。

 

君江さんとイングリッドには、こうした知識を授けていただいたことに感謝いたします。そして、特に私たちの体験談を、多くの人々が理解できない学術的文章や、どこかの映画祭の迷宮の中で消えてしまいがちな、特殊なドキュメンタリー作品という形ではなく、こうして発表してくださったことに感謝しています。このプロジェクトはネット上で多くの人々が見てシェアすることができます。ここは2012年のシドニーであり、また、サイバースペースのある時代なのですから。

 

私たち皆に一つの声を与えていただき、ありがとうございます。

 

金森マユ



[i] 移民の国オーストラリアでは何かを始める前に先住民への敬意を表します。植民地であった国家の歴史への和解のシンボルでもあり、国会などではアボリジニの長老を迎え、先住民が管理する土地で行なわれようとする国会審議の前の『ウェルカム・ツー・カントリー』ではじまります。

[ii] コミュニケーション【語根】mun-【語根の基のラテン語(L.)・ギリシア語(Gk.)】L.communis=common, public(共通の), L.munitare(舗装する)

「Japanese on the Move」について日豪プレスの記事はこちらから。


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