Untitled.Showa

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ファウンド・フォト

5年前に休暇を利用し、オーストラリアのビクトリア州にあるデイルスフォードと言う街に 出向いたことがある。途中広大な農地やユーカリ林を抜け、州道をデイルスフォードの市街へと東に折れるあたりにアメージング・ミル・マーケットがあった。 何百もの屋台が一つの屋根の下で古物を売買しているこの巨大フリーマーケット は同じビクトリア州にあるジーロング市や前夜宿泊したバララット市にも店舗がある。冷やかし半分覗いてみることにした。

入り口近くの屋台に古いCountry Woman’s Association (地方女性協会) の料理本や、聞いたこともないスポーツクラブのペナント、エッフェル塔を囲んだスノードーム、バラの蕾のプリントに金縁の茶器などがごった返しに売られていた。くだらないものが多いにしては結構な値札が付いているなどと 思いながら、古い女性雑誌が積み重ねてある棚を漁っていると、ふとビニール袋に詰められた白黒写真が目に付いた。手に取ってみると、その下に同じような袋がいくつも積み重ねてあった。一番上に積んであった袋を開け、中の写真 に目を通すと、そこには 日本人の写真があり、 驚いた。多くは昭和50年代や60年代に に撮影されたものだったが、戦時中、軍服を着た男性の写真や、大正時代にさかのぼる写真館で撮影されたものもあった 。 同じ人達がさまざまな状況で撮影されているものもあり、1つの家族の写真集のような印象を受けた。裏に日本語で 日付や名前が書かれたものや、 家族や学校の集合写真、また、手紙やはがき、 身分証明書や給与明細などの公文書のようなものもいくつかあった。黒澤明監督の『羅生門』が撮影された京都の大映 撮影所で撮影されたものもある。写真は六つのビニール袋に分かれていたが、結局 6袋全部買ってしまった。店の人に聞いてみると、写真はジーロング市の故人の家からのもので、それ以上はわからないと教えてくれた。

写真はなぜ日本を遠く離れたジーロングにあったのだろうか。過去5年間、 これらの写真を保管し続けながら、なんとも申しようのない疑問が湧き続けている。

夢の街

仕事でメルボルンを 訪れる機会があった去年の春、滞在を1日延ばし、隣町のジーロングを尋ねてみることにした。ポートフィリップ湾の向こう岸に観えるジーロングの街は以前蚤の市でみつけた数多くの日本人の写真の持ち主が亡くなった 場所である。

事前にジーロングに住む高校時代の幼馴染、マイケルに連絡をとり、相談にのってもらっていた。マイケルとは子供の頃から日本で通っていたアメリカンスクールの高校時代に知り合った。その頃の同級生は殆どアメリカに進学し、その後の接点がなくなっていたが、 シドニーで ファイナンシャル・レビュー紙で写真を撮っていた頃、偶然にもマイケルはメルボルンで同じ新聞のジャーナリストとして勤めていたこともあり、必然的に長い付合いになっていた。

『ジェニーはあなたに会えたら喜ぶだろう。 途中にランチをはさんでシティ・オブ・ドリームス(夢の街)を案内するよ。』とマイケルからメールの返信が届いていた。

夢の街?

マイケルとパートナーのジェニーは車で駅まで迎えに来てくれた。ジーロングの地形がわかるようにと、海辺の繁華街やお洒落な住宅街を一先ず案内してくれた後、 いくつかのアートギャラリーや公共スペースを訪れ、偶然にも目元にとまった、日本人の写真を展示出来るような場所を探した。展示会を通し、これらの写真に対して浮上し続ける不可解な疑問をジーロングのコミュニティに協力を求めながら解いていきたいという思いがあった。

写真に写っている人たちはいったい誰なのか。写真はなぜ日本を遠く離れたジーロングにあったのだろうか。ジーロングで写真を残して亡くなった方はいったい誰だったのか。なぜ数多くの日本人の写真を 持っていたのか。ジーロングに住んでいた日本人だったのかもしれない。もしそうだとしても、コレクションのなかになぜオーストラリアで撮影をした写真が一枚もなかったのだろう。故人は写っている人たちの家族だったのか、それとも 写真家だったのか。 遺品を相続した人はその写真をなぜ手放したのだろう。単なる古い写真のコレクターだったに過ぎないのか。

写真の中の人や写真家の子孫を探し出し、返却することは可能だろうか。著作権の持ち主を探すことは出来るだろうか。それともジーロングのどこかにアーカイブ出来るだろうか。もし欲しくないと言われたらどうしよう。忘れられ、失われた遺品や記憶はそのままそっとしておく方がいいのだろうか。そして、これらの疑問を 自分だけではなく多くの人が一緒に考えるとすると、そのプロセスや結果はどう変化するだろうか。

写っている人達やその子孫 を探し出し、写真を返却することができるとして、その人達をどう探せばいいのか。どう連絡を取ればいいのか。 そこは日本か。またはジーロングか。欲しくないと言われたら…。

忘れられ、失われた遺品や記憶はそのままそっと放置されている方がよいのだろうか。放置せず、何かをする必要があるとすると、いったい何をすればいいのだろう。そしてそれらの 疑問を解く経過に自分だけでなく多くの人が関わったら、 どうなるだろう。

ロックダウン時のデジタル化

コロナ禍の毎日、静かに家に籠もっているおかげで、5年前にフリーマーケットで見つけた300枚以上の写真を整理し、デジタル化する時間ができた。フラットベッドスキャナーを購入したり、借りたりして作業することも出来たが、デジタルカメラで接写することにした。ファインダーを通し、一枚一枚の写真と向き合いながら、シャッターを切る。もう何十年も前にその決定的瞬間は過ぎ、時とともに黄ばんでいく遺物の不動の過去を撮影する。過去は本当に不動なのだろうか。

フォトショップで接写の際に曲がってしまった画像を整えたり、余分な部分を切り取ったりしながら、毎日コロナ関連のニュース速報などについて考える。実際コロナ以外のニュースは何もない。国境の閉鎖、緊急措置、人々の恐怖、人種差別、非難。パンデミックが起こる前の自分の生き方をどうやって理解するのだろうか。多くの人と同じように、自分も国境を越え、仕事をしてきた。国境を越えた人々、特にオーストラリアでの日本人の経験をテーマにした仕事が多かった。国境や国家が愛する人たちや自分の身を必然的に守ってくれている今、グローバルな地球の市民としての楽観的な視点はいったい何だったのだろうかと問う。

写真は何らかの方法でオーストラリアにやって来た。自分は40年近く前に東京からオーストラリアにやって来て、シドニーが拠点となった。最近、家族のために1年間日本に滞在し、自分の生まれた国の写真を撮る計画を立てていたが、今ではその計画は宙ぶらりんとなり、この作業を続ける毎日に憂鬱さを感じる。

古い写真が人間にもたらすのは正しく、憂鬱さのなのかもしれない。写真一枚一枚の中からプンクトゥムを見出すが、実はそのような必要はない、過ぎた時間こそプンクトゥムであるし、それに(言うべきか)、一度は廃棄された写真なのだ。いや、もしかしたら、単に今、失われているだけかもしれない。どちらにせよ、うち身あざのような痛みを感じる。

しかし、ロラン・バルトの母親とは違い、写真の中には今も生きている人たちがいる。1960年代初頭に子供の頃に撮影されたものは、その多くは自分と同い年か少し年上かであろう。そして、写真の中には楽観的な部分がたくさんある。子どもたちの写真の中には、荒木経惟が初期に撮影した「さっちん」を思い起こさせるものもある。子供達の目には戦後日本の新しい希望が反映されており、京都大映撮影所で働く若い女性たちの写真は、黒澤明の『羅生門』をはじめとする戦後日本映画を生んだ創造力の一端を担い、将来性に満ちている。

そして、この自粛時に、自分はシドニーの自宅にて、これらの写真に込められた希望を静かにデジタル化しています。

稚恵さんとのコラボ

自分はやっと、一人ではない。

デザイナー兼ウェブ開発者の友人、村岡稚恵さんが、写真の謎を解くための探索に参加してくれることになった。

9年前、友人のAnni Cleary(別名Afactor)が亡くなった。彼女はプログラミング言語を早くから学び、ウェブサイトをプレゼントしてくれていた。彼女が亡くなってしまい、

新しいウェブサイトを必要としていた頃、ほとんどのウェブ・デザイナーは再度サイトを作り直し、新しいものにするのを勧めていたが、自分は自分のオンラインの歴史をそのままにしておきたいと思っていたし、Afactorの仕事を存続させたいと願った。

村岡稚恵さんがここで登場した。稚恵さんは、Afactorの遺品を取り入れた新しいサイトを作ってくれた。

2013年には、オーストラリアの日系人ディアスポラの勉強、研究、芸術と文化の実践、コミュニティの情報交換を促進するグループ、日系オーストラリアのウェブサイトの制作に、稚恵さんと一緒に取り組んだ。また、ニュー・サウス・ウェールズ州カウラにあるカウラ日本人戦争墓地の524のお墓の情報を提供するバイリンガル・データベース「カウラ日本人戦争墓地オンラインデータベース」や、カウラの戦後の日本との和解や平和運動に関するオーラルヒストリーを収録した、スマホ・アプリ「カウラ・ヴォイセズ」でも共同作業を行なっている。

ロックダウン時には、プロジェクトをオンライン化するのが相応しい。稚恵さんがまたもや救助に来てくれた。

自分は今、やっと一人ではなくなった。稚恵さんがまた一緒に仕事をしてくれることになったから!

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