When You Call My Name キャンベラ・ローンチ レビュー

Photo by Yumiko Starke

春の澄んだ涼しいキャンベラの夕べに、約100名がオーストラリア国立大学H. C. クームズ館に集まり、展覧会「When You Call My Name」の開幕を迎えた。この共同プロジェクトには166名のアーティストが参加し、合計225点の作品が制作された。それぞれの作品は、第二次世界大戦中および終戦直後にオーストラリアの収容所で亡くなった208名の日本人民間人を一人ずつ追悼するものである。抑留者たちは、タイ、台湾、ニューカレドニア、ボルネオ、オランダ領東インド、ニューギニア、トレス海峡諸島、トンガ、そしてオーストラリア本土と、実に広範な地域から集められていた。彼らが誰であり、どのような人生を送っていたかにかかわらず、日本人であるという理由だけで一斉に拘束され、移送され、収監され、そしてこの208名に関しては、収容中に命を落としたのである。

参加したアーティストたちもまた国際的で、オーストラリア、ニュージーランド、太平洋地域、インドネシア、日本、北米などから集まった。必ずしも全員が職業的な美術家というわけではなく、詩人や子ども、研究者や公務員、あるいはごく普通の市民も含まれていた。その中には、抑留者の直系子孫もいた。誰もが一人ひとり抑留者を「引き受け」、その名前を作品の中に刻み込んだ。展覧会のタイトル、そしてその大きなテーマは、「人の名が呼ばれ続ける限り、その人は共同の記憶の中で生き続ける」という思想を示している。忘れ去られていたかもしれない抑留者たちが、再びその名を呼ばれることになるのである。

Photo by Christine Piper

展覧会の構成は簡素でありながら深い意味をたたえていた。会場に集まった私たちの前には、作品が机の上に並べられ、その背後には長方形の掲示板が設置されていた。順番に一人ずつ机から作品を取り上げ、掲示板に留めていく。唯一のルールは、必ず他の作品に触れるように配置すること。私たちがその行為をしている間、録音された声が抑留者の名前をひとりずつ読み上げていた。まず女性の声で、次に男性の声で、そして再び女性の声で。その際、参加者は作品とともに2枚の絵葉書を受け取った。そこには作品の複製画像と、QRコードでアクセスできる抑留者の略歴が印刷されている。1枚は個人的な追悼として手元に残し、もう1枚には亡き人へのメッセージを記した。その葉書はやがてカウラの美術館に届けられる予定である。抑留者の多くは、その近くにあるカウラ日本人墓地に眠っている。

 

Photo by Christine Piper

Photo by Christine Piper

Photo by Christine Piper

この儀式は仏教の「お焼香」に緩やかに基づいてはいたが、それが明示されることはなかった。にもかかわらず、その体験は驚くほど心を打つものだった。亡き人々の名前が繰り返し読み上げられ、普通の人々—子どもやアーティスト自身、家族や友人、そしてまったくの他人までも—がシンプルな行為を積み重ねることで、死者の魂が呼び起こされ、その場に集められていくように感じられた。記憶するという行為そのものが、声と視覚を通じて、彼らにほんの一瞬でも息吹と命を与えるかのようであった。

その夜に掲示板に留められたのは全作品のおよそ半分だった。翌日に行われた2回のワークショップで、残りの作品が加えられ、展示は完成を迎えた。仕上がった全体像は、不思議なほど完璧に見えた。それは部分の総和であり、同時に総和以上のものであった。偶然ではあるが、この三つの出来事は、スマトラ島トバ湖の伝統的な機織り職人の写真展および織物の展示の前で行われ、さらに金曜日の午後の最後のワークショップは、太平洋諸島出身者たちがカヴァを酌み交わし、その週の出来事を語り合う定例会と重なった。こうして明らかになったのは、このように制作され展示される作品は、単なる美的対象ではなく、それ自体が「共同体」の表現であり、私たちが共に在るとき、「全体は部分の総和を超える」という真実を体現しているということである。

マーティン・エドモンド

*When You Call My Name ウェブサイトはこちらからhttps://mayu.com.au/WhenYouCallMyName-arts/

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